中元庸丞の成長記録小説 『営業部中元』
中元は箱からマールボロのブラックメントールを取り出し、肺いっぱいに吸い込んだ。
吐いたのが煙かため息か、自分でもわからなかった。
外はもう冬のような寒さだった。
中元は決まりかけていた契約を決められなかった。
自分の中ではもう決まったようなものだとタカをくくっていた分、落差は大きかった。
決まりかけていた、というのも、案外そうでもなかったのかもしれない。
最後の最後に立ちはだかった壁は、中元の想像をはるかに超えるものだった。
出先から会社に戻るまでの車の中で、中元は無性に女を抱きたい気分になっていた。
腹いせだという自覚はあったし、そんな風に女性と寝ることが決して良いことではないことも中元はわかっていたが、そんな事はその時の中元にとって、知ったことではなかった。
中元はそれなりに行動力があり、行動力さえあれば女性には困らないぐらいのルックスをしていた。
中元には3人の女がいた。
1人は30代半ばの名の通った企業に勤める女。1人は倦怠感の代わりに安らぎを与えてくれる昔馴染み。1人はクラブでナンパをしたハタチのギャルだった。
中元の頭に浮かんだのは、30代半ばの名の通った企業に勤める女だった。
彼女には30代半ば特有の包容力と余裕があった。中元がデートの約束を破ったときも、しょうがない子ね、と一言言っただけだった。
中元は早々に仕事を切り上げ、ノリコ(彼女はノリコといった)に2ヶ月ぶりに電話をかけた。
『ノリコさん、久しぶりだね。』
『中元君。どうしたの?あなたから電話してくるなんて、珍しいわね。雨でも振るのかしら。』
『そんなに珍しいかな。忙しかったんだよ。ずっとノリコさんの事ばかり考えていたさ。』
話始めてすぐに、中元はノリコを選んでよかったと思っていた。中元はノリコと、ノリコの前にいる時の自分が好きだった。
『相変わらず口が上手いんだから。ちょうど良かった。今日は空いてるわ。あのアマトリチャーナの美味しいイタリアンに行きましょう。』
『うれしいよノリコさん。あの、気の利いたアクアパッツァとアマトリチャーナを出すお店だね。でもごめんねノリコさん。今日はノリコさんの家でゆっくりご飯が食べたいんだ。』
中元は気の利いたアクアパッツァとアマトリチャーナのことなんてどうでもよかった。そんなことよりも、ノリコのアクアパッツァをアマトリチャーナしたかった。
ノリコはただふふっと笑って中元の話を受け入れた。
『分かったわ。家で待ってるわね。急いじゃだめよ。私は逃げたりしないわ。』
中元はノリコに何か全てを見透かされたような気持ちになったが、それが心地よくもあった。
会社からノリコの家までは30分程度の距離だったが、それでも中元は高速を飛ばした。
その頃にはもう仕事の事は中元の頭の中から消え去っていた。中元は有頂天だった。
ノリコの家に着く直前に、携帯電話がなった。何故か中元は当然のようにノリコからの電話だと思い、表示された名前を見ずに電話にでた。電話は部長の寒河江からだった。
次回 寒河江かノリコか 中元の出した答えは